【閲覧上のご注意!】※閲覧前に必ずお読みください。
このコーナー「やきものの常識は疑え!」は、やきものギャラリーおよび美術館の企画、または関連書籍や陶芸作家の言動や作品、あるいは、現代社会において楽しく充実した生活を送るすべを心得ておられ、現在この国は民主主義であると何の疑念も抱かずに受容されている方にとって、必要なことは何一つ書かれていません。閲覧により不快感、吐き気、嘔吐、食欲不振、めまい、ご家族への八つ当たり等の症状があらわれた場合、ただちに閲覧を中止し、当方ではなく医師・薬剤師・唎き酒師・祈禱師などにご相談下さい。乳幼児、小児にこれを読んで聞かせる場合はご家庭の教育方針への抵触にご注意下さい。また、本稿を閲覧しながらの自動車及び機械類の運転操作はしない下さい。

7. やきもの業界の常識を疑う その1

作家のところに画廊から企画展の依頼がきます。後に企画書を送る、とのことです。作家は、さてどんな企画だろうかと考えて待ちます。数日後、送られてくる「企画書」の内容は、たいてい次の内容です。

「会期と画廊の取り分」。

作家はまじまじとそれを眺め、他に書かれていることを探しますが、あっても「時候のあいさつ」くらいで、冒頭には確かに「企画書」と書かれています。

そこで作家は画廊に電話をかけ、企画書らしきものは来たが、会期と掛け率しか見あたらない。送り忘れはないかと尋ねます。すると電話の向こうで画廊が「?」と言います。そこで作家は「ところで私に何をやれと?」と問うと画廊が「個展」と答え、作家は「具体的には?」と聞き、そこで電話が「今やっていることを何でも自由にやれ」と言います。作家が「それは企画展ではない」と答えると、数日後送られてくる「企画書」には、「茶碗10点、酒器30点、花入水指など15ほど、他食器類も。合計80点ほど」と書き加えられています。作家は再びまじまじと眺めてみるのですが「時候のあいさつ」が消えているくらいで後は何も変わっていません。

結論をいえば、これは企画書ではありません。したがって画廊が送ってきたのは「企画展のご依頼」ではなく「委託販売のご案内」なのです。どこか他に、これが企画書で通る業界はあるのでしょうか。しかし、これはまだマシな例で「企画書」も来ず、「電話一本」「Fax一枚」はザラです。たぶんそれでも話にのる作家が、たくさん実在するのでしょう。

それでは、どういったものが本当の企画なのでしょうか。

作家が企画書にダメ出しを続けてもまず無駄です。良い企画展を行うための最良かつ簡潔な方法があります。

普段の付き合い。これがその方法です。

このなかから種々様々な企画案が生まれて来ます。それらは生きた企画です。後は画廊がそれをまとめ、作家と形にすればよいだけです。

この過程の有無で展示内容の質は大きく異なり、見る側はすぐにその差を感じ取ることができます。

他業種のかたからすれば「何だそんなことか」と思われるかも知れません。しかし長年この業界に身を置くベテラン作家でも、画廊とそのような関係を築けている者は、ほんのわずかしかいないのです。

ではその具体的な内容はどのようなものなのでしょうか。

まず、画廊は買い取り仕入れを行うことです。委託は企画展時以外は余程の信頼関係を築いてでもいない限りは、原則ダメです。

買い取りはリスクですが、画廊がリスク覚悟で欲しいと思う作品以外は、客に紹介してはいけません。また、作者もそれ以外出してはいけません。

委託品だけでまわそうとする画廊は「インチキ画廊」と言っても構いませんが、それと組んで自信のない作品で収入を得ようとする作者も「インチキ作家」といいます。

買い取り仕入れの作品を常設して初めて、店・客・作者の真剣勝負が可能となるのです。(ただしこれも、「企画展の残りもの」ばかりではダメです。)

買い取りの資金が無いと言う画廊がいますが、これは作者が窯はあっても陶土が無い、と言っているのと同じことです。理由になりません。そうでない場合は単に「やる気がない」だけのことです。

次には、普段こまめに連絡を取ることによって制作状況の流れが確認・取材でき互いにアイディアを交換できます。この時、

先述の買い取り仕入れが活きてくるのです。

大手スーパーは大量仕入することで、メーカーにものを言えるのです。

画廊と作家は、もとより対等の立場ですので、互いにダメ出しが出来ないようでは、企画もへったくれもありません。こうやってできる「背景知」が、顧客に企画の厚みを感じさせ、企画展の成功率を上げるのです。

これをやろうとしない画廊は、その作者に興味が無いわけですから、企画展など当然考えてはいけません。これと先の仕入れとを両方やらない画廊の仕事は、「詐欺行為」と言って差し障りありません。

やきもの関係メディアや美術館学芸員についても「やきものについての知識はあっても興味は無い」者が大多数を占めるのが現実です。「自腹」でやきものを買っている者など、ほとんどいません。作者にいたっては、やきものは作るが興味も知識もない!者が、やはり大勢いるのです。相撲取りや将棋指しにこれが考えられるでしょうか。

このあたりが、「涙無くしては語れない」現代のやきもの業界の実態です。例外は存在しますが、ごく僅かです。

ただ近年になり、この業界も例にもれず「格差の広がり」が顕著になり、ここであげたような正体の不確かな業者は淘汰され、次々と姿を消してゆき、作者達もまた、同じ命運を辿っています。当然のことでしょう。このように市場全体は大幅に縮小し「関係者」も激減しましたが、ここで見逃してはならないことがあります。

語弊を承知で次の表現を使えば、「本当の愛好者」は徐々にその数を増やしてきている、ということです。その年齢も約六十年ぶりに、若返りを果たしつつあります。

このあたりは酒の業界と似ています。つまり、店や作品の質が厳格に問われ、全体数は大幅に減るも、主客共に「本当に良い」ものは残り、それらはむしろ増幅する、という傾向が出ているということです。

世の景気が良ければ、「これでも買っとくか族」や「こんなものでよかろう作者」、それでも潤う業者達が横行します。景気が良いということは、品質が平均して下落するということです。

なので近年はこの業界にとって、本当に「新しき良き時代」なのです。あとは「もう少しだけ」やきものに興味を持つ者が増えてくれれば、と思います。激増を望んではいけません。流行は長く見れば、たいへん良くない現象なのです。

そのために業界は、ここで述べた程度のことはまず実行してゆく必要があります。これらは「きれいごと」では全くありません。また、「底辺の拡大」に期待するのは、明らかな間違いです。

もとより「底辺」など存在しないのです。