3.  動物の音楽

 

こんどこそ、音楽話である。別にどうしても音楽話でなければならないわけではない。が、開店早々、二度も宣言を先送りしては信用を無くすかもしれない。店主のせいでギャラリーが信用を無くしては皆に合わせるひげが無い。「役に立つことは期待しませんから、せめて邪魔はしないでください」と言われかねないではないか。くわばら、くわばら。音楽話を始めよう。

先日、海外取引先の代表が来日し商談で丸二泊一緒にいた。その取引先の代表はまだ30代半ばだが、強い意志と豊かなアイデアを持つ魅力的な男性である。滞在中、いろいろな仕入れ先に同行しつつ話をした。仕事である鮮魚の貿易の話が9割だが夜半にもなると酒を酌み交わしつつさまざまな事柄に話は及ぶ。食事のあと愛媛県松山市で最近評判のミュージックバーに案内した。1950年代からのモダンジャズや60~70年代のロック、特に充実しているのはプログレッシブロックの分野という変わった、もとい楽しい店だ。店名からしてキングクリムゾンの名曲Epitaphからとられている。そこで、若いころは音楽で身を立てようと考えていたという彼からいくつかのお薦めアルバムをお店にリクエストしてもらった。一つはビートルズの1967年発売のアルバム サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド、もう一つがザ・ビーチ・ボーイズ の1966年発売のアルバム ペットサウンズだった。

 

speppers

 

サージェント・ペパーズは以前から知ってはいたが、ちゃんと聴いたとは言えない程度だったし、ビーチ・ボーイズは名前しか知らず、ペットサウンズとは初めての出会いだった。改めてじっくり聞いてみてびっくりした。なんと面白い音楽だろう。その席で繊細にして不幸な天才音楽家ブライアン・ウィルソンのことや、ビートルズのラバーソウルがブライアンウィルソンを刺激してペットサウンズが生まれ、それがまたビートルズを刺激してサージェント・ペパーズが生まれたことを教えてもらった。だがそういうエピソードよりも、ペットサウンズの音、哀しみをまとった明るさといえばいいのか。それに惹かれた。Wouldn’t It Be Nice(素敵じゃないか)は完璧な一曲目だし、 God only knows(神しか知らない)の美しい変調も最高だった。

 

petsounds

 

後日録音やマスター別など何種類かのペットサウンズを購入し通勤の車の中で聴きこんでいった。村上春樹が翻訳したこのアルバムだけを取り上げた音楽評論家ジム・フジーリの著作も読んでみた。

 

petsoundsbook

 

このアルバムは全部が好きな曲ではなかったが、一番不思議なのは好きでもなかった曲がだんだんよく思えてくること、そして何回でも聞いてしまう事だ。比べるとビートルズのサージェント・ペパーズの方が明らかに洗練されているのに10回も聞くともう暫くは聞かなくてよいかなと感じてしまうが、ペットサウンズの方はまた聞きたくなる。実に面白い音楽を教えてもらったと彼にはとても感謝している。自分で探しているだけでは絶対出会えない音楽にこうして会えるから、人におすすめアルバムを教えてもらうのはやめられない。

だが発売当初は今までのビーチ・ボーイスと違うととても評判が悪く、興業的にも大失敗だった。バンドの内部ですら、ほかのメンバーがツアーに回っている最中に、ブライアン・ウィルソンが理想のロックを創ろうとして曲を書き上げ、勝手に有力な音楽家たちを集めバックの録音をして、帰ってきたメンバーに、「さあ、いい曲ができたよ!コーラス入れて」とやったもんだから、今までとずいぶん感じの違う実験的な曲だったのもあいまって「なんやねん、これ!犬にでも聴かせる気ぃか?」と暴言も飛び出し、結局それがアルバム名になったという。

 

最初の口当たりには違和感があっても、年月を経るうちに人に認められ長く愛されてゆく。我々のギャラリーもそんな店でありたいと思う。